
飯森 麻衣
(いいもり まい)
長野県 長野市
2018年7月開設
テューターになる前はどんなお仕事をしていましたか?
大学卒業後は都内の外国語学校で働きました。
多言語を扱い、講師が全員ネイティブスピーカーでしたので、多国籍の講師30人ほどと共に働きました。
それぞれ生まれ育った国による考え方や文化、価値観の違いなどみな違っており、「違うってなんて面白いんだろう!」と、もっとその違いを知りたくなり、退職してオーストラリアへ渡りました。
現地ではツアーガイドをしながら、小学校を訪問したり、大学の植物研究のお手伝いをしたり、様々な人たちと出会い 、その度に面白い経験をしました。
現地の小学校に日本文化を教えに行き、その学校との交流は帰国してから務めた中学校でも続きました。
また、日本語を教えるボランティアで出会った友人は大学で植物の研究をしていたので、現地調査に連れて行ってもらい焼け野が原に咲く蘭の花の美しさに息を飲みました。
私の世界が広がる時、いつもそこには人との出会いがありました。
人との出会いが人生を変えていく、それは今も私を支える大切な信念になっています。
帰国後は中学校で英語を教え、自治体が主催する中学生の国際交流(海外ホームステイ交流プログラム)では引率者としてアメリカへ同行しました。
約1ヶ月のホームステイをしながら交流や滞在のサポーターとして、中学生で海をわたり、ホームステイをしアメリカに家族をつくる、その大きなチャレンジをそばで見守りました。
言葉が通じない不安、孤独、泣く子もいました。
私がどんな言葉をかけようとも、最後は自分でやるしかないのです。
14歳の中学生たちは一生懸命に自分で自分の気持ちを切り替え、その壁を乗り越えていきました。
海の彼方に一人飛び込んだ勇気、寂しさを乗り越えた先に掴んだあの笑顔と、別れの涙。
感性豊かなあの年代にこの大きな体験をしたことは一生物の宝物になるのだな、と強く思いました。
私も中学生でこんな体験をしてみたかった!羨ましい!!・・・得てしてこの経験は、私がラボ・パーティの国際交流を支持する大きな経験になっています。
テューターになったきっかけを教えてください。
出産後に仕事復帰を考えていましたが、学校に勤めれば時間が大きく拘束されてしまいます。
今しかない子どもたちとの時間も大切にしたいとも思っていました。さらに、我が子たちにどのように英語に出会わせてあげたらいいのだろう、とあれこれ悩んでもいました。
自身の経験から、英語は”勉強”である前に、人と人が心をつなげるためのツールだと実感していました。
そして、語学の知識だけでなく、もっと根本的な、”人に興味を持ち、対話する力”や、”自分の中に伝えたいものがあること”の重要性も感じていました。
しかし、今の日本の教育や評価の中での英語教育では、どうしても学年が進むにつれて英語が苦手になる子が増えてしまっています。
その問題も、学校現場で働いた経験から痛感しました。
そんな風に思いあぐねていたところ、子どもの幼稚園で出会った方が「麻衣さんに ぴったりのちょっと変わった面白い英語教室があるよ!」と、ラボ・テューターを勧めてくれました。
「ちょっと変わった面白い」にピンときた私は、すぐにテューター・スクール(テューター向け初期研修)に飛び込んでみました。
そこで出会ったラボ・パーティの子どもの自立と自主性を育む教育理念と、それを実現するメソッドは、今まで日本の教育現場で出会ったことのない魅力的なものでした。
なかでも、テーマ活動と呼ばれる絵本や物語を自分たちで劇表現していく活動は衝撃的でした。
想像力を駆使して表現を考える奥深さ、物語で語られる英語や 日本語のことばの美しさ、それらの台詞を覚えて口に出し伝える気持ちよさときたら!
私だけでなく、我が子たちもあっという間にテーマ活動に夢中になりました。
我が子は楽しそうにどんどん英語のセリフを口に出していきます。
早くたくさんの子どもたちとテーマ活動を楽しみたい、と気持ちがワクワクしたのをよく覚えています。
全国のラボ・パーティに通う仲間と出会うことができるキャンプや国際交流(海外ホームステイ交流)など充実した 交流プログラムがあるところも魅力的でした。
なぜなら、どんな言語であろうと、本当のコミュニケーションスキルは人と関わる経験を重ねることでしか身につかないからです。
まずは日本で、母語である日本語で、幅広い交流を重ねて、10代でホームステイ交流へチャレンジする。
この経験は一生の宝ものになるに違いありません。
「物語と交流でことばとこころを育てる」かつてない唯一無二の教育メソッドに出会い、私のやりたかったことはこれだ!!と確信しました。
普段はどのような活動をされていますか?

パーティ(教室)には幼児さんから高校生までが在籍しています。
普段はそれぞれ年代の近い子たちのグループに別れて活動していますが、どのグループも英語の歌や踊り、ナーサリー・ライム(英語圏のわらべうた)の手遊びなど体をいっぱい使って英語のリズムを楽しむところから始めます。
英語スイッチが入ったところで、物語の世界へ入っていきます。
小さい子たちはお話に関する工作をしたり、大きい子たちは物語の文化的背景を調べたり……各年代に合った形で世界中の名作に出会っていきます。
そして仲間と表現をつくりだしながら、物語のテーマを考えます。
「物語のテーマを考える」とは、物語が伝えようとしていることは何か、自分たちはその物語から何を受け取ったのかを考えることです。
そして、そこまでも表現にして伝えようとするのです。
物語の数だけその中に生きる人生があります。
子どもたちは物語のテーマに向き合いながら、向き合った分だけの人生を生き、世界を広げていきます。
それを心から楽しんでいるのが表現や表情、覚えた台詞や言葉の言い方から伝わってくるのです。
普段はグループごと、別々に活動していますが、発表会、合宿やクリスマスなどのイベントではみんなが一同に集まり、大きな家族の兄弟のように仲良く活動します。
年齢関係なく混ざり合い、関わり合い、笑い合っている子たちを見るのが、私は好きです。
縦長異年齢の関係の中で、子ども達同士で学び合い、そして成長していきます。
テューターになってよかったこと、たいへんなことはなんですか?
我が子を含め、教室の子どもたちの成長を、小さい時からホームステイ交流に参加する年代まで長く肌で感じられることが一番の喜びです。
ラボ・パーティでは、子どもたちの成長を競わせるのではなく、お家の方たちとともに喜びあうことができます。
信頼し合える関係の中で、成長過程の葛藤も悩みも成長の喜びも、共に乗り越えます。
その過程で、自分の子育てや仕事に対する軸ができ、さらに我が子たちを客観的に見ることもできるようになりました。
また、子どもたちの生きる根っこを育てるために、親や大人がどう関わっていくべきか。
必要なことに気づき、学べる機会がたくさんあります。それを日常の子育てでも実践していけます。
そして子どもたちの明るい未来を共に目指すラボ・テューター仲間が全国にいます。地域の先輩ラボ・テューターはいつだって大きな味方で支えてくれます。
ラボ・テューターを始めてから、我が子の子育てにおいて、気づきを得て考えることはあっても、悩んだことはありません。
ラボ・テューターとして、私が最もエネルギーを注ぐことは「啐啄同時(ヒナが内側から卵の殻を突く音と、親鳥が外から殻を突き破るタイミングが、ピタリと一致すること )」。
つまり見極めとことばがけです。
子どもたちの成長や心は一人一人みんな違います。その日、その時によっても違います。
その場のどのタイミングで、どのことばをその子に手渡すか。お家の方に手渡せるか。
ことばと心を育てる仕事だからこそ、大事にしていきたいです。
子どもたちが心をオープンにして挑戦し成長していけるよう、これからも学び続け、丁寧にことばを探し続けていきます。
これからラボでしていきたいこと、夢はなんですか?
ある先輩が「ラボ・パーティでは、世界中のどこへ行っても、誰に出会っても愛されるような子を育てるのよ。」とおっしゃっていました。
そのことばが忘れられません。
ラボ・パーティは、交流と物語とことばで子どもたちの未来をつくっていく場です。
そのために、キャンプから海外ホームステイ交流まで、子どもたちには様々な”人と出会う”機会が用意されています。
そこで”初めましての出会い”を何度 も経験し、出会いはうれしい、違うは面白い、人が好きだ!と思える経験を重ねていくのです。
その経験は、いつか世界へ飛び出して行った時、国境も 人種も越えて人が繋がるための礎になるでしょう。
そしてそんな子たちが、 きっと戦争も差別もない世界をつくっていくと信じています。
一人でも多くの「世界中のどこへ行っても、誰に出会っても、愛される子」を育ていきたいと思っています。
どんな方にラボ・テューターをお勧めしたいですか?
私は「ちょっと変わった面白い英語教室」という知人の言葉にピンと来て飛び込みました。
国際交流、英語、ことば、絵本、劇表現、、、どれか一つでもピンと来たら、ぜひテューター・スクールに飛び込んでみてください。
一歩踏み出せたら、きっと今までにはない世界や自分に出会えます!
私たちと一緒に広い世界へ飛び出してみませんか。